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創業者「大森六介」 編
モノを作ることが、すべて手作りだった時代は、それほど遠くはありません。
モノを作る工程で、機械が用いられることが多くなったとしても、人の感覚がともなわなければ、機械は正しく機能ません。
人力の道具が、動力の道具(機械)に変わったと考えれば理解しやすいでしょう。
大森有限会社の創始者になる大森六介が仕事をはじめた明治の時代は、木工職人はすべて手作業の時代でした。
六介は、農家に生まれましたが、実家の跡継ぎではなかったために、木工職人の弟子入り奉公にでました。
そこで持ち前の器用さを発揮し、腕の良い職人と評判を得られるようになりなりました。
やがて独立し弟子を何人も持つようになったのです。
現在の大森有限会社の事業基礎となる部分を、六介は、ほぼ整えることに成功したのです。
当時は、嫁入り道具に、箪笥(たんす)を持参させました。見知らぬ家に嫁いでゆく女性にとって、箪笥は「自分の物」という思い入れのある存在だったのでしょう。
六介の作った箪笥は、引き出しを閉めると、ほかの引き出しが、ポンと飛び出したそうです。
それほど機密性が高く作られながら、引き出しの動きは軽かったといいます。
しかし、雨降りなどの湿気の高い時は、動きが堅くなりました。湿気で木が膨張するからです。
しかし、それが湿度の高い空気の流入を防ぎ、内部の木が湿度を吸湿して湿度の調整をしてくれました。箪笥自体が湿度の調整機能を果たし、大切な着物を守ってくれたのです。
これらのエピソードは、じつは、使用者の声として、実際に私が耳にしたものなのです。
六介は私の曾祖父で、私が小学校にあがる前に他界しました。
私が実家の仕事を手伝うようになったころ、ある仕事先のご老婦に、先ほどの箪笥のエピソードを聞かされました。「あの箪笥は私の財産なんだよ」と嬉しそうに語る姿をみて、良い物は時代を超えて残り、人の心に生き続けるものなのだと実感しました。しかも、そのような箪笥のエピソードを聞かされたケースは一度だけではなく、何件かあったのです。
時代を超えて語られる仕事を残した六介に、あらためて尊敬の念を抱きました。
今の時代に良い物とは何でしょうか?
安ければよい。すぐに手に入ればよい。なんでもよい…(?)。ひとりひとりの価値観が多様化して、求められているものが、ひとつの答えで語ることができなくなっています。
そうした時代に、私達が持つべき姿勢は「その人の求めているものをつくる」こと。その姿勢を守ることが大切であり、そうやって作り出されるものが、これからの「良い物」なのではないでしょうか。